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いちごとにんじんと生命線

先日ホームセンターでにんじんの種を手にしたときに、人生で初めて「祖父に似てきたかもしれない」と思ってしまった。

 

 

三十路を超えてから、妙に食べ物を育てたくなった。

食べ物を育てたのなんていつぶりだろう。小学校以来だろうか。2022年春に久しぶりにミニトマトを育てて以来、2023年秋からはいちごを始め、先日はにんじんの種をペットボトルに植えた。手元には九条ねぎの種もある。育てたいのは花卉(かき)ではなく、なぜか食べ物なのだ。2023年秋に近所のスーパーで買ってきたひょろひょろのいちごの苗は、今では七株に増え、約30個のかわいいいちごの粒に生まれ変わった。日の光に当てるとラメのように光るいちごを見ながら、自分でこのいちごを育てたんだという幸福感を味わっている。

 

食べ物を育てるということで思い出したのが、母方の祖父だった。自分は今まで母方の祖父に似ていると感じたことがなかった。父方の祖父からは活字中毒を、祖母からは人に頼る力を、そして母方の祖母からは散歩のときの観察眼を受け継いだと思っている。しかし、母方の祖父からは思い当たらない。というか、実は母方の祖父の内側のことをそんなによくわかっていない、という方が正しいのかもしれない。祖父はあまり話さない人で、自分が物心ついた頃には毎日熱心に庭仕事をしていた。首都圏のベッドタウンに住んでいたときは集合住宅の一階に庭がついていて、祖父が育てた様々な植物でジャングルのようになっていた。故郷に戻ってからは戸建ての庭でりんご、みかん、さくらんぼ、トマト、なす…色々な作物を育てていた。親戚の畑でも農作業をしていたらしい。祖父母宅に行くと、祖父が庭で作業するのを隣で見たり、旬ものの説明をしてもらったりしていた。

 

ここ何年かは祖父も認知症が進行してしまい、庭を維持するのが困難になっていた。ケアされなくなった植物が伸びて隣の敷地に侵入するので、母はひどく手を焼いていた。祖父に何度も庭仕事を辞めるように促していたが、記憶を失ってもなお、祖父から庭仕事を取り上げるのは不可能だった。毎日呼ばれるように、家の庭に出ていた。私が話しかけるとその日採れた夏みかんについて、何度も何度も同じことを話してくれた。もともと頑固な性格だと言われていたが、認知症を通して祖父の中のいらないものが削がれ、庭に出るという行為がより洗練されたようだった。

 

 

ホームセンターでにんじんの種を手にしたとき、祖父の庭のことが思い起こされた。そしてなぜ自分は今にんじんの種を手に取ったのだろう、なぜ今になって祖父と同じようなことをしているのだろうと考えを巡らせたとき、一つ気がついたのだ。

 

 

一年間、アメリカのボストンに住んでいた。アメリカといえばハンバーガーやステーキのような脂っこい食べ物が大量にサーブされる、というイメージだったが、物価高のアメリカではすべての食べ物の金額が高く、そして意外にも少量だった。外食すれば加えてチップまで払わないといけない。外食ラーメン一杯3000円は本当だ。お金を払えば十分に食べられるのかというと、ただの味噌汁をつくりたいと思ってスーパーに入っても、並んでいるのはレタスやキャベツなどサラダ野菜ばかり。かろうじて大根があるかどうかだった。ほうれん草も小松菜もなすもしめじも置いてなく、調理できる野菜がないのだ。また、社会人にしてはお金が少ない部類の学問分野を専攻していたので、大学院がたまに提供するフリーフード(無料で提供される食べ物)に同級生みんなでよく群がっていた。「フリーフードがある!」という不定期情報を頼りに、置いてある分だけ食べ尽くしていると、摂取量が多くなくても太るということをひしひしと感じた。経済的に厳しい環境に置かれた人は、痩せ細るのではなく、実は不規則な食事から太ることが多いという事象そのままである。

 

そんなアメリカでの生活を経ていちごを育て始め、さらにはにんじんの種に手を伸ばそうとしている自分に気づいたときに、祖父のことが思い起こされた。祖父は幼少期に家族で満洲国に渡っていたことがあり、そこで食べることに苦労した時代があった。やがて高度経済成長期が来て定職に就き家族を持っても、毎食必ず残さず食べていた。庭でりんご、みかん、さくらんぼ、トマト、なすを育てて食べること、それは彼にとって生命線だったのではないか。周辺の記憶がぼやけたとしても、自分で食べ物をつくるという行動は祖父の芯にまで刻み込まれているのではないかと。庭に出ること、それすなわち命なのかもしれない。

 

 

ありがたいことに現代の日本で生活していれば、コンビニにはおにぎり、サンドウィッチ、弁当、スーパーにもありとあらゆる野菜や果物、肉、魚、調味料まですべて揃っている。どれも数百円で買うことができる。アメリカで夢に見るくらいつくりたかった味噌汁も、日本に帰ってくればインスタントで買った方が安く、わざわざつくる意欲が減退しそうになる。だからこそ自分で育てたいのだ。土から芽が生え、初々しい葉っぱがつき、花が咲いて、実になる。ゆっくりじっくり育った食べ物を、収穫して、ありがたくいただく。

 

私たちは確かに今日命をいただき、その命を明日へと循環させていくのだ。たとえ記憶がぼやけても、祖父の根幹にあるのはそんな願いなのかもしれない。そう思いながらにんじんの種が発芽するのは今か今かと待ち侘びていている私は、血が争えない。

 

 

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追伸:4月4日に植えたにんじんの種が、14日に発芽しました!命って素晴らしい。

 

 

 

寄稿者:地図子

まちなみ冒険家。地理・歴史・地学を使ってプチ冒険すれば、面白くない場所なんてない。川・暗渠・用水・湧水・井戸ポンプ・灯台・狂気ぶた・飛び出し坊やなど、なんの意味があるのかわからないものを収集しています。

東京の多摩地域で畑を貸してもいいよという方がいたら、ご一報ください。

 

地図子ブログ:ふと思い立って、プチ冒険