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もらえた日


僕の欲しかった全部が、その日もらえた気がしたんだ。

 

 

僕がまだまだ新米なんて言えちゃう時の話。


その日は先輩と出張だった。とは言え、日帰り的なもので、尚且つこの先輩が優秀なんで予定より早く終わって帰れることになった。


電車での移動。先輩の最寄り駅が次となった時だった。


「お疲れ。気をつけて帰れよ」


僕の返事など聞く気がないように、大きめのカバンを肩にかけ直しドアに近づいて行った。お疲れ様でしたという口パクで挨拶した僕に、軽く左手をあげて答える先輩。ズボンのファスナーが全開のまま降りて行った。馬鹿だと思う(オイ


僕の心の声が聞こえていたのかと思うほど直後のタイミングで先輩からメッセージが届いた。


“やっぱ飲みに行くぞ。〇〇駅前で待っててくれ”


〇〇駅。この後2つ先の駅。僕の最寄り駅。そこまで先輩が来るのか。ファスナー全開で来るのか。やっぱ馬鹿だと思う(やめたれや


先輩は元々僕の最寄り駅周辺に住んでいたらしく、当時は駅近辺でよく飲んでいたらしい。結婚して今の最寄り駅周辺に住みだしたらしいのだけど、それももう3年も前という。


3年という月日は早い、それこそ今で言えば、ワクチン接種が始まった時だったり、東京五輪があったり、それこそ最近忘れかけてたが眞子さまと小室圭さんが結婚したのが3年前という時間経過なんだ。うん、あんまりピンとこなかったすまねー←

 

そんな話はどうでも良くて


とにかく久々の場所ということなのか先輩は子供のように騒いで飲んでいた。呑みに呑んでいた。まるで酔わなければいけない何かがあるかのように。

 

記憶怪しいよね 撮影場所:くら横


「よし、次行くぞ!」


居酒屋2軒をはしごしてキャバクラへ。そのキャバクラから出て先輩はそう叫んだ。本当にコイツ馬鹿なんだと思う。


いくら先輩後輩の関係だからといってここまで付き合う必要はない。だが付き合うしか術はない。いや付き合わなければならないとさえ言えてしまう。


荷物を駅のロッカーに入れる際に一緒に入れる提案をされてラッキーと思ってしまったあの瞬間が悔やんでも悔やみきれない。6時間前のあの時の自分をぶん殴りたい。


そんな僕のセルフブレイキングダウン状態など知る由もない先輩はふらふらと目的地まで歩き出した。大人の酒場と言われるスナックという場所へ。

 

「えーーー〇〇さん!?おひさしぶりー!」


「えっ!?どうしたの?今まで何してたの?」


「ねぇねぇママー!〇〇さん来てくれたよー!」


正に行き付けの場所なんだと思った。久しぶりの再会を心の底から喜ぶこの人達を見ているだけで、僕は何か忘れていたものをもらったような気がした。


と同時に違うものももらうはめとなった。


「なになにイケメンが若いイケメン連れてきちゃったわよ」


「同じ会社なの?大変ねー」


「え?△△に似てない?似てるって」


「もう〇〇帰っていいわよ。あたし達にあとまかせて」


「ほらこっち座ってー」


あれよあれよで気づくと何故か両手いっぱいに紙袋を持っていた。お店中の女性達からバレンタインのチョコが入った紙袋を渡されたんだ。いや、持たされたが正解な気がする。6~7個だったと思う笑


日が変わってバレンタインデーになったらしい。というか日が変わる時間だったなと今思い出して驚いている。


呆気にとられている僕を見て先輩が笑った。僕も笑った。お店の人達が笑った。今でも思い出すと笑っちゃうくらいそこのお姉さま達は勢いが凄かった。


先輩の行きつけのスナック。一時的にガヤガヤとわいた店内だがとても落ち着いた雰囲気のお店だった。
少し暗い雰囲気で音楽室のカーテンみたいな色のソファーが並んでいた。お客さんは僕らを合わせて4組くらいだったと思う。


先輩と並んでカウンターに座った。目の前にはチーママと呼ばれる若いママが先輩と僕のお酒をつくっている。静かに乾杯し、もらったチョコを確認していた僕に先輩は言った。何の躊躇もなく。

 

「俺会社辞める。お前は辞めるな。な?」


今日全ての行動がこのために行われていたことを知った。これを僕に伝えるためにここまでの時間を費やしたのかと思うと、僕への何かしらの申し訳なさがあったのだなって今なら理解できる。


黙っている僕を確認すると、安心したのかゆっくりと話し出した。辞める理由を、これからの生き方を、今までの想いを、酔っているとは思えないほど丁寧に伝えてくれた。


「お前辞めるなよ」


「見切ったら辞めます笑」


「ほんとお前らしいな」


首の後ろを猫をもつようにつままれた。くすぐったくもあり、心地よくもあり、寂しくもあった。僕はこの先輩を目指していた。憧れていた。その目標が居なくなるなんて、僕の成長も見てもらえないなんて、そんな想いが僕の目から逃げ出そうとしていた。


そんな僕に気づいていたのか分からないけど、先輩は軽く僕の肩を叩きながら「我慢だ我慢」そう言ってウィスキーを呑んだ。見事な一気だった。クソカッケーと思った。


僕はたまらなくトイレに行った。泣いてはいけない。涙となる前に尿で出してやる。そんなことを思っていたのかは分からないけど、無理にでも出そうとしていた記憶がある。


勝手だけど僕は何かを先輩から渡されたような気がした。奇しくも今日はバレンタインデー。チョコも確かにたくさんもらったけど、それ以上の何かをたくさんもらった気がした。気がしたんだ。


トイレから出た時には先輩は完全に潰れていた。一気なんかするからだよね。やっぱ馬鹿な(略


この後、何があったのかはっきり覚えていないけど、先輩の奥さんが車で迎えにくることになった。確か僕は歩いて帰れるからと伝えていたが、駅の荷物を取りに行かなければならないということで一緒に待つことになったと思う。


白い車だったと思う。夜でもはっきりそうだと分かる綺麗な車だった。


「すみませんご迷惑お掛けして…」


申し訳なさそうに車から降りてきたのは、小柄なカワイイ女性だった。


「あっ君がSくんね笑 〇〇から聞いてますよー 凄いんだってね君」


クソカワイイ上にクソ嬉しいことをコンボで喰らった。こういう時人間て言葉を発せないことを知った。


そんな僕に先輩の奥さんは笑顔で近づいてきてこう言ったんだ。

 

 

「ハッピーバレンタイン!安物だけどね」


驚いてお姉さま達からもらったチョコの紙袋を全部落としたのを今でも覚えている。衝撃だった。衝撃だよ。今日僕と呑むなんてことは偶然でしかないわけで、それこそ先輩が酔いつぶれるなんてことも偶然なわけで、そして迎えに来ることになるなんてことも偶然のはずなんだ。


なのに、なのにだ。


冷静に考えればきっと先輩用のバレンタインチョコなんだと思う。そうだったに違いない。でも、それを僕が居ると知って渡そうと思える機転が、発想が、僕の頭では素敵という言葉でしか表すことができないんだ。


後にも先にも、この時ほどのバレンタインの思い出はない。それくらい僕はハートをつかまれたんだと思う。欲しかった全部がもらえたような気がしたこの日を僕は忘れない。この魔法のような夜の思い出を。

 


最後までファスナーが開きっぱだった先輩のことも。


忘れないね。


ですね。

流星群

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寄稿した人

名前:S
ブログと音声配信をしていると言いふらしている人。本当はハイキューの映画を観に行きたいけど号泣しそうで恥かしいから観に行けないSに応援メッセージを送ろう!チョコも送ろう!←

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