突然だが、みなさんは「廃棄前提おじさん」のことを覚えているだろうか? コロナ禍明けのGoToトラベル(死語)の波に乗っかって、身の丈に合わない高級温泉旅館に宿泊したところ、夕飯の量が多すぎて食べきれなかったことへの不満をSNSで「廃棄前提」という過激なワードで叫んだら、あっというまに炎上して灰燼に帰したあの御仁のことだ。廃棄前提おじさん問題については、炎上した当時に今は脳死状態の個人ブログで大真面目に語っているので、興味のある方(いるのか?)は本稿の後にでもご一読いただきたい。
さて、そんな感じでのっけから藪から棒に廃棄前提おじさんの話を振ったのには、当然ながら理由というものがあるわけで。そう、今私の目の前にも正しく「廃棄前提」と思しき食べ物やら食材が並んでいるのだった。具体的には1週間前に作った豚の角煮の余りを筆頭に、青梗菜、長ネギ、さらには通販で買ったはいいものの辛すぎて持て余した焼肉のタレ(熟成小池の心打たれ)、といった錚々たる顔ぶれ。
明日以降は当面の間、仕事が忙しくてゆっくり夕飯の調理などをしている暇はなく、これらは今日のうちにどうにかしなければ文字通り廃棄するより他はない。しかし、そのようなことは自分の中の「エシカル」や「サスティナブル」な感性が許すはずもなく。「さて、どうしたものか」と理想と現実の間でもがき苦しんでいる私なのだ。
中でも一番捨てるのが惜しいのが豚の角煮…ではなくて、その煮汁のほう。何せ、醤油以外に赤ワイン、はちみつ、りんご、生姜、ニンニク、スターアニス、クローブ、シナモンまで贅沢に使いまくった究極の煮汁なのだ。おまけに醤油とはちみつ以外は、角煮のためにわざわざ新規で購入すらしている。んなもん、簡単に流しに捨てられるかい!
角煮の肉は今すぐにでもおやつ感覚で食ってしまえばいい量だし、焼肉のタレはまだもう少しは冷蔵庫で保存が可能だろう。ネギと青梗菜はぶっちゃけて言えば捨てても構わない気がしなくもない(エシカルな感性はどこいった)。だが、煮汁だけは、煮汁だけはもう待った無しなのだ(実際には煮汁なんだから、焼肉のタレ同様にまだしばらくは冷蔵庫で保存が利きそうな気も)。
そんなわけで、切羽詰まった私は気が付くとネギをまな板の上であらみじん切りにしていた。だからって前回のキャベツの時みたく、切り刻んでどんどん細かくしていけばやがて雲散霧消するのではないかなどと、頭のおかしいことを考えていたからではない。実はこの直前に、スーパーで「牛豚合挽き肉」という頼もしい助っ人を手に入れていたのであった。
つまり、合挽き肉にみじん切りにしたネギを混ぜ合わせてハンバーグだねを作り、煮汁を使って照り焼き風にしてみようと思ったって寸法なのである。さすがはひよこ編集長主催のクッキングレシピ記事コンテスト「C-1グランプリ」で絶対王者を誇った私のことだけはある。さすがだ、さすが過ぎる! さすが過ぎてネギが目に沁みてたまらん!
すると、そんな鼻高々な私に秋波送ってきたのが、すっかり存在を忘れ去られていた青梗菜くん。そうだった、君の存在をすっかり忘れていたよ。さあさあ、こっちへ来なさい。君もみじん切りにしてあげよう…って、いやだからみじん切りにしても余った野菜は消えてなくなったりしないのっ!(それにネギはともかく、みじん切りにした青梗菜など、どうやって活用すればいいのだ)
仕方がないので、青梗菜は鍋に湯を沸かしてその中に放り込んでみることに。茹でれば多少は体積が減るかも知れない(まだ言ってる)し、ワンチャン蒸発してなくなるってことも…(ないない)。と、そんなこんなで、不憫な青梗菜の処遇をアレコレ考えているウチに、私はハンバーグを捏ねるのがすっかり面倒になってしまった。
一連の作業と同時進行でお酒も飲んでいた私は、大長考の末に大脳がアルコール漬けになり、冷静な判断力を失ってしまっていたようでもあった。そこで「ええい、ままよ!」とばかりに、合挽き肉をフライパンに投げ込んでみる。よく考えてみれば、捏ねてハンバーグだねにして焼こうが、挽き肉のまま焼こうが、腹に入ってしまえば同じではないか(暴論)。
てな具合に勢いに任せて挽き肉を炒めていくと、フライパンの中に面白いように油が溜まっていった。このまま滲み出てくる油を放置しておくと、自分の頭の中にあるイメージと違う、何か料理とは次元の異なる物体が完成しそうな勢いだった。そこで本能的にキッチンペーパーで油を拭き取ることに。それと同時に「この油を再利用して何か別の炒め物でも作れないものだろうか…」という溢れ出るサスティナブルな感性も必死で心のキッチンペーパーで吸い上げていく。したたかに酔っていても、最後の最後の部分では冷静さを失わなかった自分を褒めてあげたい。
さて、いい感じに肉に火が入ってきたところで、遅ればせながら角煮の余りとネギを追加投入。ネギを入れるタイミングについてはいろんな意見もあるとは思うが、料理は「結果、うまければそれでOK」なので細かいことは気にしないでいただきたく。そして、間髪を入れず主役の煮汁も全部フライパンへぶちこんでいく。ジュワっという音とともに蒸気が上がり、なにか人間の食べ物のような匂いがキッチンにたちこめてくる。おっと、どうやら換気扇を回すのを忘れていたようだ…。
少し煮詰まってきた段階で味見をすると、ガチで美味い! ガチで美味かったのだが、C-1絶対王者のレシピ的にはややパンチにかける気もする。そこで、待ってましたとばかりに「心打たれ」に出動を要請。これで味にパンチと深みが出ることは間違いないだろう。ちなみに、この心打たれにはリンゴのすりおろしがたっぷり使われているので、同じくリンゴを丸ごと1個使っている煮汁との相性も良くないはずがない。
さらに煮汁とともに具材を煮込んでいくこと数分、気がつけば汁気はすっかり消え去り、挽き肉とネギの炒め物がフライパンの上に出現した。野菜は切り刻んでも切り刻んでも消えてはなくならないけど、煮汁はとことん加熱していくとアッサリ消えてしまうみたいですね…。
さあ、ちょうど上手い具合に白飯も炊き上がったので、茶碗ではなく少し大きめの丼(ボウル)によそって、まわりを茹でた青梗菜で囲んでみる。その内側に角煮、そぼろを盛り付けていくというスタイル。青梗菜のおかげで茶色ばかりの器の中に鮮やかな緑が加わってなかなかによろしい。で、さらに華やかさを演出するために、なぜか我が家のキッチンにあったピンクペッパーの粒なども散らしてみた。
万事が整ったところで、いざ実食。まあ、こんなもん絶対にまずいはずがないのだが、一口食べた瞬間に昇天してしまうほどの美味さに驚いた。どれだけ美味いかというと、もうこのレシピ一本だけで脱サラ開業できちゃうんじゃないかって思えるほどのレヴェル。もし、これから半年以内に、ご近所で中華風肉そぼろ丼専門店がオープンしたら、そこの店主は私だと断定していただいて結構と言い切れるほどに。
いやまあ、さすがに脱サラは気が早いというか、飲食業もなかなか厳しいご時世なので、それは冗談としてもだ、一度食べたらこのそぼろ丼がまた食いたいからという動機で、別に食いたくもない豚の角煮を作りたくなってしまう。そんな本末転倒なことを考えるくらいの美味だということは保証するので、次の休日にでも是非お試しいただきたいと願いつつ本稿をまとめたい。コメント欄にみなさんからの「つくレポ」お待ちしております!
え? 「その前に角煮のレシピはどうすんだよ!」だって? そんな細けぇことはいいんだよ、味ってのはなぁ、目で盗むんだよ、目で!