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音楽で振り返る青春時代

心理学者エリクソンの発達段階論によれば、13歳から20歳までが青年期に当たるという。うーん、まさに私が洋楽に目覚めた年齢と時期が一致する。時まさに、マイケル・ジャクソンがアルバム「スリラー」で弾けて80年代ポップスが花開いた時期である。

特に中学生の時が一番刺激的だった。私の場合、ケニー・ロギンスの「フットルース」で弾けて青春が始まる。ステレオコンポもこの頃買ってもらい、楽しむだけ楽しませてもらった。転校して、その後まもなく突発的な病気に見舞われ1ヶ月半入院し、この間に、看護婦さんたちからも洋楽の影響を受け、退院してまず登場したのが、「フットルース」(映画も見ましたがサントラが凄かった。モンスター・サントラってやつですね)であった。次にはマドンナ、シンディー・ローパーの登場だ。カルチャーCLUBやワム、デュランデュランやU2なんかもいましたね。大人向けのところでは、スティービー・ワンダー、エルトン・ジョン、デビット・ボウイ、ビリージョエル、ポリスといったところだろうか(彼らは70年代からすでに活躍している。凄い)。全部は思い出せないが、とにかく刺激に溢れていたなんとも贅沢な時代であった。街中でもデパートでも、ラジオや雑誌まで、私の青春は音楽とともにあった。未来に何の疑いもなく邁進させてくれる、そんな強力なパワーがあった。

母の時代は、ビートルズ、プレスリーが全盛で、歴史のうねりのようなものを感じます。私は、この頃生きてませんので、肌感覚として理解が及ばないところもありますが、この他、ナットキン・コールやフランク・シナトラ、ザ・プラターズ?などなど、まだまだ母に詳しいのですが、まぁ、母の家庭は、ハイカラな音楽一家。特に祖母がコレクターで、今のレコード盤から蓄音器の時代にまで遡り、とても古いレコードが床下から出土品のように埃まみれに(私の記憶が正しければ)ざっと百枚くらい積んであったりとか、一つの時代を伺わせる発見でした。

さて、今振り返ってみて、一番エキサイトしたのは、やはり中学生の頃です。また特に、冬の凍て付いた感じだとか、受験のための塾やら試験の時のことが思い出されるのが、デッド・オア・アライブやティアーズ・フォー・フィアーズ。

退院したのが、中2の春。転校して、勉強も疎かにしてしまい、冬休みをはさみ、その後すぐの入院でした。今にして思えば、成績が下がったのもやむを得なかったのかなぁと思いますが、そこへ来て、洋楽ポップスです。音楽に流されてしまった。勉強の「べ」の字もなく、音楽にのめり込む。中3になって、ようやく、勉強しないといけないと焦りだして、徐々に成績を上げ、どうにか間に合いました。

高校に入ると、今度は日本で空前のバンドブームが起こります。関心のウェイトもそちらの方へ移行しました。BOØWY、レベッカ、SHOW-YA、バービー・ボーイズ、プリンセス・プリンセス、TMネットワーク、米米CLUBなど、これまた贅沢な時代でしたね。個人的には、ブリザードなんかもお気に入りでした。後は、付き合いでファンクラブにも入った聖飢魔II、、、。高校時代は、私の人生の暗黒時代の始まりでしたが、音楽だけは楽しめました。楽しめるだけ楽しみました。将来のことなんか全く気にもせず楽しんだ。そうして、私の青春時代は終わった。

さて、「歌は世につれ、世は歌につれ」といいます。ということで、最近、と言ってもここ1年くらいの間のことですが、70年代に”日本”で流行った洋楽ヒット、という100曲収録のCDセットを買ったんですよ。私が生まれた頃はどんな空気感だったんだろうと。聴きますと、何となく幼児期の頃の空気みたいなものが感じられるのでした。静かな時代だったんだろうなといったことが窺えた。

しかしロック界では、革新的なバンドが生まれていたんですよね。私は今になって(いくらか前になりますが)嗜む程度にiTume でダウンロードして、TーRexとかレッドツェッペリンとかクイーンなどを聴きましたよ。実は、私、当時はヘビメタも密かに好きでして、強烈に惹かれておりました。ですが、流れに乗ったのでしょうね。幅広く聴く余裕はありませんでした。この辺り、ちょっと時期を逃した感があります。これもまた、青春だからこそだったのかも知れません。

いくらかレコードも所持していますが、開かずの扉にしまったままなのと、今ではCDのみのオーディオなので、CDで揃えたりしてました。ちょっと味気ないですね。

 

寄稿者:とりこり

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