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踏切

踏切に近づくと、警報機が鳴り始めた。

車も歩行者も止まる。やがて、遮断機が降りる。列車が通過するのをじっと待つ。

 

子どもの頃は、この時間がやたら長いことがあった。気のせいではない。今ではほとんど見なくなったが、当時は田舎の踏切でも長い貨物列車が走っていたのだ。踏切で待つ時、否、待たされる時、大抵、通る列車が何両編成なのか数えていて、最長が16両編成だったことも記憶している。正しく数えられた自信はないが、とにかく、一目で何両なのかわからない程に長かったのは確かだ。

 

実際、どれくらいの時間がかかったのかは不明だが、今の時代、新幹線ならともかく、田舎に長い列車は走っておらず、測ることもできない。おそらく特急列車が長いのだろうが、それでも一目で数えられる程度だ。子どもの頃は、特急ではなく急行だったが、いつのまにか急行は無くなり特急になっている。

 

カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン…

踏切の傍で聞く警報音も大きかった。貨物列車だとやけに長いので、耳が変になりそうに思われ、両手でしっかり耳を塞いだ記憶もある。そのくせ、大きな音が本当に出続けているのか気になって両手を緩めると、やっぱり鳴っているんだと再びきつく耳を塞ぐ。すると今度は、その音の大小や、籠り具合、響き具合が面白くなって、耳をきつく閉じたり、緩くしたり、なんなら完全に手を耳から離したりする。

 

少しずつ塞ぐ手に力を加えていくと

カンカンカンクワンクワンクワンクオンクオンクオンコンコンコン…

という感じに音が籠ってくる。次に少しずつ力を弱めて開くと

コンコンコンクオンクオンクオンクワンクワンクワンカンカンカン…

となる。しかしもう、こんな遊びができるほど長い列車は通らない。

 

小学4~6年生の頃、一人で列車に乗って隣の市の眼医者へ通っていた時に気づいたことがある。踏切は、道路を横断する者には待ち時間が長いが、列車に乗る者はあっという間だということだ。

車窓には遠くからでも踏切の警告灯の点滅を確認できるが、音はまず聞こえない。いよいよ踏切に近づくと聞こえるのだが、その音は1秒続くかどうかの短さである。

…カカンクワンワン…

あっという間に通り過ぎる。なんだか不公平に思えた。

 

それからもう50年が経つ。写真は、つい最近列車から撮った、実家の最寄り駅に近い踏切である。かつては小学校に続く通学路だったが、これを見ると、もう不公平をいう必要もなくなったように思う。

実家の最寄り駅近くの踏切

私が乗っていたのは、ワンマン列車。1両編成なのに列車とは矛盾している気もするが、ご覧の通り、架線も無いので電車とは呼べない。機関車と言うと蒸気機関車のイメージが強くて似合わない。ディーゼル機関車と呼ぶには、そもそも1両編成のくせに「でぃーぜるきかんしゃ」とは長過ぎて名前負けであるから、1両でも列車と呼んでいる。

 

そして、踏切で待つ車も人も居ない。時間帯や人口減少の影響も大きいが、1両編成の列車が通り過ぎるのに、かつて貨物列車が通った程の時間はかからない。

 

本来、踏切には遮断機がなければならず、そうでない場所には、一般人の立ち入り・横断は原則禁止にされている。しかし、俗に「勝手踏切」とも呼ばれ、地域住民が日常的に往来する場所もまだ少なくない。私も子どもの頃、遅刻しそうなときは写真の踏切を避けて、少しでも近道になる勝手踏切を通ったものだ。

 

新幹線に踏切はない。都市部では都市計画に基づき、地下化または高架化されることが多く、新しい踏切を極力作らない方針だと聞く。一方、地方では、近くに人が住んでいない駅や廃線になる路線も多いため、踏切の数は減る一方だ。

 

写真の踏切が完成した時、小学校の授業の一環として、学年でそろって踏切まで行き、説明を受けた。駅に向かう列車の場合は自動的に遮断機が降りるが、駅から出る列車は人が判断して、駅から遮断器の操作をする半自動遮断器だと聞かされた。当時は全自動にすると駅に近すぎるため、列車の出発前から遮断機が降りてしまうらしかった。

 

今は、機器も改良されて全自動になっているはずで、駅員(駅長)さんの居ない時間帯でも作動している。そして、この駅もついに今年の春から無人駅となることが決まってしまった。切符販売機だと、遠方までの切符も買えない。私としては、駅員さんをとどめる遮断器が欲しいところだが、そうもいかない。コロナで大きく減少した列車の利用者数は、今もコロナ前の数に遠く及ばないらしく、廃線に踏み切ることも検討されたそうだ。今回、廃線は免れたものの、そう遠くない将来に廃線となる可能性は残ったままだ。

 

実家のある町は、バスの便数も減っていて、自動車がなければ出かけるのも不便になりつつある。各地方で遮断器も線路も消え、どんなに待っても列車が通ることのない踏切跡が増えている。踏切の貨物列車が通る長い待ち時間を懐かしんでいる場合ではなかった。警告音が、これまでとは別の警告をしているように思われた。

 

 

寄稿:カメさん

 

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