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紀行 〜茅ヶ崎市熊澤酒造〜

 神奈川県の茅ヶ崎市に、湘南エリアに残された唯一の日本酒蔵がある。明治5年創業の熊澤酒造がそうだ。

 単なる酒造りの場に留まらない、住民が集う地域文化の発信地を意識するこの蔵には、酒の直売所だけでなく、イタリアンレストラン、日本料理店、カフェ、ベーカリーなども併設されており、蔵が手がける日本酒、ビールなどがその場でも楽しめる。安っぽい言い回しを敢えて使うなら、さしずめ「食の一大ワンダーランド」といった趣がある。

 というわけで、そんなワンダーランドの存在を知った私が、さっそく直近の週末に友人を誘って足を運んだのは言うまでもない。湘南新宿ラインに乗って茅ヶ崎駅で相模線に乗り換えると、そこから2駅先で下車する。

近くにあった落書き。「湘南」と書きたかったのだろうか……

 熊澤酒造の最寄駅である香川駅は無駄を極限まで廃したミニマリズムな駅舎で、既に終わっちゃってる感が満載の駅前もいい味を醸し出していた。ちなみに駅前にある銀行が、なぜか「静岡中央銀行」だったのが実に興味深い。この駅前はいつか別の機会にでも書いてみたいところ。

 駅から10分ほど歩くと、目的地である熊澤酒造に到着。時間は14時を回っていたが昼食をすませていなかったので、まずは腹ごしらえとばかりにイタリアンレストランに入ると、時間が遅いせいもあってか店内は空席が目立つ。だが、古い建物をリノベしたと思しき空間はお世辞抜きにシャレオツであった。数時間前はきっと満席だったに違いない(後日、早い時間に再訪したらホントに大繁盛だった)。

河童の絵があるが、だからって黄桜酒造なわけではない。

 メニューにはいろいろな献立があったが、とりあえずは無難に前菜の盛り合わせと、パスタを注文した。ほどなくして注文した料理が運ばれると、アルバイトと思しき若い女子が前菜盛り合わせの料理の中の一つを説明してくれた。

「これは、リエットという肉料理になります」

 それまでは無表情でだった同伴者がこの瞬間にムッと気色ばんだ。どうもこの説明に不満を感じた様子である。だが、彼もさすがに大人なので、説明が終わり女性が席を離れるまではその不満をじっと堪えていた。だが、女性が遠くに行ったのを確認した瞬間、不満が堰を切ったかのように彼の口から溢れ出てきた。

「あのさ、俺たちってリエットも知らないレベルの人間だと思われてたワケ?」

 彼が抱いたその不満については、私も同様の違和感を覚えてはいた。リエットぐらい知っとるわい、と。だが、老若男女さまざまな層が訪れるであろうこの店では、リエットの説明は時として必要であるとも思う。

「まあまあ、あれはマニュアルトークなんだし、別段気にする必要もないだろう」

 私はそう言って同伴者を宥めたが、彼はそれでも納得がいかない様子であった。

「マニュアルがあるにしたってさ、そこは臨機応変に対応してしかるべきなんじゃねえの? 舐められてんだぜ、俺ら」

 彼がそこまで「リエットを知っている自分」にこだわる理由もわからないのだが、言ってること自体は無茶苦茶なものでもない。ただ、そんな気遣いをアルバイトの若い子に求めても仕方がないと思うのだ。

「でもさ、バイトにそこまでの接客を求めるのもどうなのかね」

「え、俺が過剰な要求をしてるっての?」

 思いがけず、同伴者の怒りの矛先が自分に向きそうになったので、慌てて彼を納得させるための理屈を頭の中で構築させる。こういう時は、本人にとって身近な例を使って、譬え話で説明するのがわかりやすいだろう。そうだ、彼はメンズエステが大好きだったはず……

「そうだよ、今のお前はメンエスで抜きを要求してるクソ客と大差ないぞ」

「えっ?」

 咄嗟に思いついたメンズエステの譬えは、想像以上に効果的だったようで、それまでは攻撃一辺倒だった同伴者が、たちまち受け身になる。

「いやいや、俺が言ってんのは抜きを要求するなんて物騒な話じゃなくてって、軽いお触りくらいには寛容になろうよってレベルじゃなくない?」

「でもさ、そもそもメンエスってお触りNGなわけだからさ……」

「いや、でもそこは男女間の駆け引きってモンがさぁ」

 その後も、施術前のシャワーに時間をかけるのかけないの、オプションはケチるのケチらないの、マイクロビキニは邪道だ邪道ではないだのと、シャレオツな場の雰囲気とはかけ離れたメンズエステトークで盛り上がってしまった我々。熊澤酒造さん、あの時は本当に申し訳ありませんでした。

飲食エリア以外にもセンスのよろしい雑貨店もあるので、酒が飲めない女子にもお勧めしたいところ。

 というわけで、メンズエステが好きな人もそうでない人も、お酒やグルメ、食文化全般に興味があるという人は、熊澤酒造に一度は行ってみることをお勧めしてこの駄文を終わりにしたいと思う。最後に同伴者がお勧めするメンズエステを紹介しようかとも思ったのだが、案外と生真面目そうなひよこ編集長から、即刻連載打ち切りを言い渡されそうな予感がするので割愛しておくとする。

 リエットはとても美味しかったです。

 

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【アクセス】

JR相模線「香川駅」下車

寄稿:大塚

X:@rrhjrs