このまえ、ようやく宮崎駿監督の最新作、『君たちはどう生きるか』を観てきた。観客は私を含めて6人ぐらい。すっかり落ち着いた(閑散とした)雰囲気のなかで観ることができた。結果的に、みんなで肩を寄せ合って和気藹々としながら観るような内容では無かったため、人が少なくてかえって「助かった」というのが本音。
ということで、せっかく観たわけだし、感想でも書いていきたい。実際に映画を観ていないとイメージの難しい表現の混ざった、まとまりの無い文章になるのを前もってご容赦いただきたいところ。ネタバレも若干含むので、ここで引き返すか、進むか、貴方にお任せしたい。
さてさて。はっきりいって、映画の内容は難解。唐突で捉えどころのない場面変化の連続で呆気にとられる。内容を受容するために、なんとか比喩を探ったりしたくなるものの、追いつかないほどに展開が早く、荒々しく進む。予想以上に血も流れ、今までのジブリ映画では観たことがないほど、人の顔が生々しく、恐ろしい。特に主人公、眞人(マヒト)の義理の母、夏子が終盤にみせる表情は、ジブリ映画史上、最凶ではないだろうかと思われた。
https://www.ghibli.jp/works/kimitachi/
今回の映画で一番感情移入したのが、やはり主人公の眞人。『もののけ姫』のアシタカを思わせるような精悍な表情の持ち主。この映画が「眞人の表情を愛でる」作品と謳われても、すでに観た人なら納得してもらえるのでは。唐突で忙しなく、また、美しく残忍な世界をなすすべもなく見せつけられる側からすると、眞人の眦(まなじり)を決した表情はただただ救いになる。非常にかっこいい主人公。私は好き。
同時に、この眞人にはどうしようもなく死の匂いがつきまとう。眞人が「幽霊塔」に向かうとき、地面のぬかるみに容赦なく足を踏み出す場面や、学校の帰りに自分の頭を石で叩いて自傷する場面などから、眞人の精悍な表情は、「決死」だからこそなのだと察せられるシーンが序盤にある。眞人は、母と生き別れたことをきっかけに、あの世のへの踏み出しを躊躇なくできる少年になってしまっている。
そのことは作中の登場人物にも指摘され、「あんた、死の匂いがぷんぷんする」と、私が内心思っていたことをそのまんま眞人に言う人物も現れる(ちなみにPVを観たとき、私はその人物を男性だと思っていたけど、実際には女性だったので驚いた。しかも序盤で出てくる人物と同一人物であるのも驚く)。映画中盤からは怒涛のファンタジー要素が溢れだす。それらは眞人の現実と色濃く相関を持ち、癒着すらしており、そこで眞人は多数の死者と逢う。
粘りっこく、色鮮やかで、思惑と感触に溢れた、強靭なあの世。ファンタジー要素を表現するとそんな感じ。いや、「あの世」という表現は、傍観者から眺めた呑気な印象で、そこに住む者たちは、みんな一生懸命に「生きて」いる。眞人はそこで本当の母親を含めて、若かりし頃の姿のまま生きている人物たちに救われる。
https://www.ghibli.jp/works/kimitachi/
その様子を観ていて思ったのが、人って、自分の「株」はずっと一つだと思っているけれど、実はある時期ごとに分離しており、ある区切りで何度か死んでいるのかもしれない。例えば、主人公の眞人と同じぐらいの年齢の私は、すでに私からは「分離」しており、そのままの姿と自我を保ちつつ、別な世界で別な生き方をしているのではないか、と想像すれば楽しい。
「並行世界」という、手垢のつきすぎた表現があるけれど、案外すぐそばにある別世界では、死者が生き生きと暮らし、泣き、笑っている。その広がりを目の当たりにし受け入れた眞人は救われて、生きる力を取り戻す。そして、多層的な世界全体の均衡を保ってほしいという「遺言」をある人物から託される。
菅田将暉が演じる「青サギ」も、眞人の生きる力を取り戻すための大事なキャラクターで、物語の水先案内人となる。序盤は敵なのか味方なのかよくわからない関係性。中盤以降はちゃっかり仲良くなっていく。眞人は謎に戦闘能力のセンスが高い少年として描かれている(武器を自作したりできる)が、それは、青サギの持つ力の断片を入手したことにも関係する。「青サギ」は剽軽で捉えどころのないお笑い担当だけど、その実、「ギバー」、つまりは与える者であり、眞人の立派な保護者である。
https://www.ghibli.jp/works/kimitachi/
すでに文章が長くなってしまったので、そろそろこの映画をどう楽しむか、ということを書いてまとめたい。つまり、何の心構えも持たずに観にいくとなかなか理解が難しい作品なのは否めないと思うからだ。どう楽しむか、というか、どういう人なら楽しめるか。
『千と千尋の神隠し』の終盤、電車で海の上を走るシーンがあるでしょう。駅に止まるたびに、客が降りたり乗り込んだりする。その客たちは透けた黒い影を纏い、無言で俯いている。電車のホームには、小さな女の子の影がひとり佇む。あの、心に染み渡るような切なさ。「こんなところまで来てしまった」という、もう引き返せないような感覚。あのシーンが好きな人なら、というか、あの世界をもっと探索したいという人にこの映画は届きやすいと思う。
静かな世界だけじゃない。ありとあらゆる「既視感」の場面でこの映画は成り立っている。ナウシカ、ラピュタ、火垂るの墓、紅の豚、もののけ姫、ハウルの動く城。これまでのありとあらゆるジブリ映画世界の断片に飛び込む感じで、ジブリ的表現をフルコース料理に仕上げた映画としても観れる。それを十分に味わうなら、まずは体力ですかね。観る前にちゃんと体調を整えた方がいい。気軽な作品では全くありません。覚悟が必要です。あと長いんでトイレは必ず済ませましょう。ここまで読んでいただきありがとうございます。
寄稿:ほし氏