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自転車は右へと走る


 この文章を読み始める前に、まずは「ロードレーサー」で画像検索してほしい。そこに並んだ自転車はほとんどすべてが右を向いているだろう。「マウンテンバイク」でもほぼ同じだ。走行中でやむを得ないようなアングル以外はすべて右を向いている。

 「スポーツカー」はどうだろうか。こちらは左向きが圧倒している。
 あえて「自転車」を出さなかったのには理由がある。自転車の画像ではぱっと見て分かるような傾向がないからだ。

 ロードレーサーやマウンテンバイクのようないわゆるスポーツ車が右を向いている理由は極めて明白だ。自転車の駆動系が車体の右側にあり、左向きにすると「裏側」となり美しくないからだ。

手元にある Jan Heine "The Golden Age of Handbuilt Bicycles"(Rizzoli ,2009)をめくってみると、1920年代の自転車もすでに右側に駆動系があり、写真の前でポーズをとるスポーツ車は100年以上右側を向き続けていたことになる。
 わずかに例外的なのは、女性が自転車に乗っている場合だ自転車の広告宣伝用のものは上記のルール通りだが、そうでない場合は左向きが増える。というよりも、自転車自体が上半分ぐらいしか写っていないということも多い。主役が自転車ではなく女性なのだ。
 「自転車」で左右に差違がないのは、いわゆるママチャリの画像が多くなり、美的な観点で撮られた写真の比率が下がるからだ。ママチャリの写真でも、展示用の写真はすべて右向きになっている。


 では、自動車はなぜ左向きばかりなのだろうか?じつは人間にとっては、乗り物などは左向きが自然に感じるからである。構図や巧さを明確に意識していない児童画でも、自動車や飛行機などは左向きが多い。また、古代の壁画などでも動物が左向きに描かれる傾向があるという(国立歴史民俗学博物館『銅鐸の絵を読み解く』小学館、1997年など)。このため、左向きの方がしっくりくるし疾走感も感じられる。女性が自転車に乗っている場合やママチャリで左向きが増えるのも同じ理由だろう。また、個人的には、(下手な)イラスト・マンガの人物が向かって左向きに描かれるのも、曲線の描きやすさがどうこうではなく、同じ理由だと考えている。

 改めて自転車の写真を見て、右向きでも違和感はないという人も多いだろう。これは同時に表示されている文字・文章のおかげだ。
 横書きの文字は左から右へと流れる。当然視線もそのように移動する。これは自転車の向きと同じである。
 日本の自転車雑誌はなぜか縦書きが多く、綴じは右綴じだ。縦書きの文章は当然右から左に流れていく。すなわち、自転車の向きに逆らう。連続した写真を使ったテクニック説明などは非常に見にくい。縦にしてみても、止まった写真が続く感じになる。このため、その部分だけ横組みにするなど様々な工夫が行われる。

 フランス語で自転車のことを"petit reine" と呼ぶことがある。「小さな女王様」という意味だ。この女王様は人間の生理に少しづついたずらをしながら、それでも魅了してやまない、不思議な乗り物なのだ。

 

寄稿:エスペラ

X:@proten2199