写真と文

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ぬかるみにきらきら

 北海道に住み始めるまでは知らなかったのだけれど、冬になるとこの街には、至るところに砂箱なるものが設置される。読んで字のごとく、箱のなかに入っているのは砂だ。だいたいは小袋やペットボトルやなんかに小分けにされていて、それが箱のなかにぎっしりと収められている。そして路面が凍結する季節がやってくると、住民たちは誰がということもなく箱から砂を取り出しては道に撒く。とがった砂利がいわばスパイクの役割を果たすのだ。
 春が近づいてやがて路面の雪が解けはじめると、冬の間に撒かれては雪で覆い隠されていた大量の砂利が、シャーベット状の雪に混じって姿を現す。
 本州の、それも雪の降らない地域で生まれ育った私にとって、「雪解け」とはなんとなくメルヘンなお言葉…それはあるいは、アルプスの山々の谷あいから注ぐ清々しい水の流れであり、春の光を受けて輝く石清水、ふきのとうの可憐な花が咲く明るく美しい野山から湧き出す春の訪れをイメージさせるのであるが、ここにやってくる雪解けは違う。
 ぐちゃぐちゃのぬかるんだ路面に混じる大量の砂利。そうやって、長い長い冬の暗闇を抜けて、ぐずぐずとこの街の春ははじまる。

 こんなふうにブログの文章を書き始めるのも、ずいぶんと久しぶりだ。個人でやっているブログに最後の記事を投稿したのが約2年前。その最後の投稿が、当時の恋人と別れて相当参っているときに書いたものだったものだから、まるで自分が、失恋のショックですべてを投げ捨ててしまった超絶ナイーブ人間であるかのように思えてなんだか恥ずかしい。
 実際にはちょうどそんなタイミングで仕事が忙しくなり、そのままブログから離れてしまっていただけなのであり、死んだりしていたわけではない。
 仕事に忙殺されていた2年間はまるで本当はそこになにもなかったみたいにあっという間に、何も残さずに過ぎてゆき、また春が来て、私は現在進行形で再び失恋をしそうになっている。ずっと終わらない北国の冬みたいに、終わりのない生活を続けている。相変わらず。

 ―――なのに。以前ならとっくに暗くなっていた時期にまだ外が明るいこと。夜も湯たんぽなしで眠れるような気温になってきたこと。昼には太陽の光が、部屋の隅のポトスに届くまで差し込むようになったこと。そして、砂利まみれの汚いぬかるみに、どうして私は飽きもせずうれしくなってしまうんだろう。これは終わらない日々のまたはじまり。そのはずなのに。

 


 じゃりじゃりのシャーベット道を、雪に足を取られないよう気を付けながらゆっくりと帰路につく。花屋は閉まってる。往路はただの黒いぬかるみだったローソン前の歩道の雪が、帰りには、夕方の日差しを受けてきらきらと輝いていた。ぬかるみはじきに乾く。そしていつかは、春が来る。たぶん。

 

 寄稿 
森 淳(もり すなお) アニメダンジョン飯が毎週楽しみです
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