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その2:いとしの狂気ぶた/lovely happy crazy sleepy kyokibuta

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「あなたはなんのコレクタですか」と聞かれたら、答えるのは難しい。なぜならこの世の誰しも、多かれ少なかれコレクションがおありだからだ。
さてわたしの場合少々記憶の文献を紐解いてみるに、起源は幼少期に近所の公園や保存林で見つけたきらきらの小石と通学路に落ちているカラバリエーション豊富なBB弾に始まり、願いを叶えるための飛行機100機、両想い切符、度数がゼロになったテレホンカード、家族旅行の助手席から確認できるナンバプレートのひらがなで自分のフルネームを揃えるチャレンジを通り、スパンコールやリリアン糸、パステルカラのクローバや虹やハイビスカスがあしらわれたメモ帳、ラメ入り香りつきの色ペン、シール帳プロフィール帳プリ交を女子指導要領に沿って履修、アニメ・漫画・小説関連グッズ――それは対象作品だけにとどまらず、四神と二十八宿が出てくるという理由だけで開運暦本を読み、好きなキャラクタと同じ苗字の歴史上の人物が出てくるたび教科書にはアンダラインを引き、今まで名前すら知らなかったまるっきり初見の漫画の帯に好きな作家が推薦文を書いたとあればその巻から買い、風の噂で彼が朝の某特撮番組の脚本を担当するかもなんて聞きつければ1年間リアルタイム鑑賞皆勤賞をする、そんな範囲である。しかも噂は嘘だった、なんならわりと序盤で判明した――を経て、現在に至る。今は亡き「これはファストパスチケットではありません」やゲームセンタのクレーンゲームでとれるアクリル宝石、どこも開(ひら)かないまたはどこかが開くデザインキィ・アンティークキィにお熱だったこともあった。実家の箪笥(たんす)には輝きの詰まった缶からが眠っている。
取引先の首を縦に振らせるには提示した事象を裏付ける数字を出せ、これはビジネスの常套手段だろうが、個人にも有効。具体的にターゲットに近づいている気がするので、より収集心を満たせるのだろう。40ポケットのフォトアルバムだからまずは1冊埋めてみる、78駅にスタンプが設置されたと公式が発表なさるのなら78種類、3桁まで一旦ナンバリングしてみようと立ち上げたブログは「その600」超え、といった塩梅に。

偏愛歴をぞろぞろ語るのみでそろそろタイトルと本文の乖離が大きくなってきた。なにがラッキィハッピィクレイジィスリーピィかを書くには、どうしたって登場せざるを得ない人物がいる。名を地図子さんと言う。彼女にも収集癖があり、スタンプラリィが大の好物で、あっちゃこっちゃ集めに飛びまわっている。あれ、デジャブ? と思ったそこのあなた、前回の寄稿記事を読んでくださりお礼申し上げます。去る彼女との記念すべき初散歩でも北千住のスタンプラリィを完走したのだった。
それは2019年のこと。散歩道をくっちゃべりながら歩く我らの前に突如彼らは現れた。敷地のはしのほうで3匹、円を描(えが)くでも一直線に並ぶでもない絶妙な配置で、思い思いのほうを向いてすやすやとしているぶたの象形遊具だった。3匹もいるのに全員寝ていて、知り合いくらいのほどよい距離感でまとまっている。なぜみんな寝ているのか? なぜぶたなのか? なぜ中途半端な配置なのか? なぜ少し地面にめりこんでいるのか? 疑問は尽きない。初見の置きものに、ただただセンスと狂気を感じるのみだった。
そこから別のときところ。ファーストぶたから数年が経ち、懲りずに散歩仲間と歩いていて大きな公園に寄り道すると、なんとぶたの象形遊具があった。驚くべきことにここのぶたも寝ているし、ここも散り散りの配置だった。
衝撃が走った。ぶたは唯一無二ではなく、他拠点展開だった。センスの塊に敬意を表し、勝手に狂気ぶたと呼ぶようになる。もちろん非公式。さらに衝撃、後日仲間から入った連絡では、なんでもネットの海には「ぶた公園」の名で彼らが点在しているというではないか。聞いたその日にはど平日にも関わらず、デスクワークで凝り固まった足を向かわせていた。
何匹か見ていくうちに、いくつかわかってきた。まず、大きさが3種類ある。ちび、ノーマル、でかくて長いの。3種類目は大中小、とセットにするには長すぎる、インパクトのあるサイズだった。初期はこのでかぶたを発見しては狂気、もとい恐怖を感じていた。夜に見ると重量感抜群でそこそこに怖かった。そしてどのぶたも製造過程や経年劣化による個体差はあるものの、同じ規格だった。お尻にはくるんとひと巻きしたしっぽ、ほんのり突起した耳、楕円の鼻に凹(へこ)みが2つ、アイデンティティの穏やかな眠り顔。たまに漫画的表現で瞼(まぶた)にあたる部分を眼球扱いして白塗(しろぬ)られ、真ん中に黒目を置かれて開眼している子もいた。カラリングはぶたらしく肌色・薄ピンクが多いわけでもなく、ビビッドから石本来の色までバラエティ豊か。開眼以外にも星や水玉の模様でデコられたり、てんとう虫が這わせてあったりなど、ペイントの仕方で個性を競っていることもあった。それと、仲間がいた。かめやうさぎ、かえる、うま、りす、きりんたちだ。彼らは暗渠――かつての水路を指す――を活用した緑道公園や、団地内の公園によくいる。ぶた同様にこぞって同じ規格、思い思いの方向へ顔をやっている。かめ、かえる、ぞうに関しては2パターンのデザインがあったが、3パターンなのはぶたのみだったし、信じられないことに寝ているのもぶたオンリィだった。どこの会社様がフランチャイザ、つまり権利や設計図をお持ちなのだろう。どうやらこんな公園にいる動物たちをアニマルライド、と括(くく)ることも知った。
公園で遊んでも人目を憚(はば)からない頃には遭遇した記憶がない希少性なのに、こうもチェーン展開している憎いバランスが収集心に火をつけた。興味本位で調べた公園は行きつくし、もはやネトストの域で独自調査を進め、ぶたのいる公園をリスト化していった。北は北海道札幌市、南は熊本県南阿蘇村まで、ぶたを求めて東奔西走縦横無尽。適当に歩いていたら野良ぶたにたどり着いたことも3度ほどあり、そのときは絶叫した。ある程度集まってきたのと夜のテンションでSNSアカウントを作った。リサーチと実地調査仲間も半ば強引に専務理事に任命した。地図子さんにもその人望と人脈を見込んで外部広報を務めていただいている。収益性は低いがニッチで信念のある様(さま)は団体みたい、とのことでアカウント名は一般社団法人(もちろん申請も設立もしていません)にしてみた。格式にこだわるのであれば、今思うと任意団体でよかったのだけど。

いつしか狂気は愛となった。遭遇してぎゃあ、の悲鳴はきゃあ、の歓声になった。狂おしいほど愛しい、愛くるしいぶたちゃんたち。
多分根幹は膝小僧と爪の間をどろんこにしながら集めていた小石と変わっていなくて、今でも電話ボックス、飛び出し坊や、井戸ポンプ、トマソン、金太郎の車止め、「水路敷」の文字、型板ガラス、透かしブロック、呼び込み君、純喫茶の趣向を凝らしたランプなど、外を歩けば顔面と眼球が忙(せわ)しない。カメラは持ち帰れないものをコレクションするための格好の道具だ。
「あなたはなんのコレクタですか」と聞かれたら、答えるのは難しい。が、「ぶたちゃんコレクタですか」と聞かれたら自信をもって、むしろ食い気味にかぶせ気味に答えてしまうだろう。

 

 

書いたひと:ヒヤパ
ふだんは廃墟を観察したり、暗渠をなぞったりしながら散歩しています。そうは言えどもぶたちゃんのいる公園は減っていっていて、写真の子も撤去されてしまいました。お近くで狂気ぶたを見かけたらぜひご一報くださいませ。

 

廃墟:廃墟ガールの廃ログ

暗渠:その1:暗渠行脚/ankyo angya - 写真と文

ぶた:https://twitter.com/kyokibuta

地図子さん:ふと思い立って、プチ冒険