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レアチー慕情

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子どもの頃からずっと変わらず好きなものがある。なめらかな甘さと豊かなコクに、さわやかな酸味。見た目は飾らずシンプルで、フルーツケーキのような華やかさはないが、優しくおだやかな純白。それでいてしっかりと芯のある、凛とした品と気高さを備えたスイーツ。レアチーズケーキだ。

幼い頃、生のフルーツが苦手だった。高価な果物の盛り合わせより、缶詰のみかんやパインや桃を好んで食べた。いろんなものを美味しく食べられるようになった今も、メロンやスイカなどは得意ではなかったりする。苺だけは好きだったから、ショートケーキにはよく目移りがしたけれど、他の果物が少しでも一緒に載っていれば敬遠し、レアチーズケーキを選ぶ子どもだった。

少し前に職場の差し入れでケーキを食べる機会があった。迷わずレアチーズケーキを選んだ。人気店のものらしいが、中身が結構凝っていて、ちょっと好みのタイプではなかった。同時に、幼い頃に好きだったレアチーズケーキの味を思い出し、あれはうまかったよなあと振り返っていた。大人になったいま改めて、あのレアチーズケーキを食べてみたくなった。

それからというもの、折に触れて、母がときどき買ってきてくれたあのレアチーズケーキがどこの店のものなのか、記憶を頼りに調べているのだけど、手がかりが少なくずっと見つからない。この前の帰省時に母に尋ねてみたけど、母は息子がレアチーズケーキ好きだということも忘れていた。(まだボケてないと信じたい。)

特徴は、記憶が確かならば、以下のようなものだ。

  • 三角形ではなく、四角い(長方形?)
  • 底はタルト(クッキー?)
  • 白いクリームチーズ
  • フルーツは使われていない
  • ソースは使われていない
  • ホイップやプレートなども載っていない
  • やさしい甘さで、少しレモンのような酸味がある
  • 小さいピスタチオが1粒?載っている

そう、ピスタチオが載っているのだ。白く整った柔肌の上にワンポイント、気品溢れる小さなエメラルドのように、ちょんと佇む緑の実。大人になった今の私は無類のピスタチオ好きだが、そんな私がピスタチオに惚れ込む歴史は、あのレアチーズケーキから始まっている。

ごく最近まで、あれは母方の祖父母が住んでいた大阪・堺の店のものだと考えていた。盆や正月、母の実家への挨拶帰りにはケーキを買ってもらえた記憶が強かったからだ。祖父母は引っ越してしまったから、いつからかあのケーキを買う機会がなくなったのだと思い込んでいた。

先日、その堺の店をついに特定した。確かに耳馴染みのある店名だ。たぶん実際に、ここのケーキを何度か買ってもらったことがある。そして、今も元気に営業しているらしい。しかしこの店において、どうやらレアチーズケーキは主力商品ではないようで、写真を見る限り記憶にあるものとも大きく異なる。もちろん、私が激推していただけで人気メニューだったかどうかは分からないし、レシピも変わった可能性はあるのだけど、あれだけ完成されたレアチーズケーキが、こんなにも平凡なケーキに姿を変えているとは信じがたい。この店は思い出のケーキ屋のひとつだが、私の探しているレアチーズケーキは、この店のものではない。

そうして改めて記憶を手繰っているのだが、年内にふと、都内でレアチーズケーキのことを思い出す機会があった。もしかするとあの記憶は自分の想像以上に古いもので、東京にいた頃のものかもしれないなとも考え始めている。私は幼少期、父の仕事の都合で東京に住んでいたことがある。約30年前に3年間過ごし、その後大阪に戻っている。これだけ具体的に味や見た目を覚えている対象にしては、ちょっと幼すぎる時期の気もするが、一時期よく食べ、そしていつからか食べなくなったという記憶とは一応合致する。

ただ、東京はあまりにも広い。いろいろ調べたがもはや探せない。それに、そもそもこれが本当に東京にいた頃の記憶かどうかは定かではなく、やっぱり大阪の別の店かもしれないし、そもそもとっくに潰れてしまっているかもしれない。潰れてしまったと分かれば、それはそれで諦めがつくのだが、30年という年月は、それを裏付けるにはあまりに長すぎた。

東西新聞が、山岡士郎がいれば私は、お店を特定し、ケーキを購入し、幸せに暮らしただろう。でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ。だから―― この話はここでお終いなんだ。

書いた人

id:pochin_pudding(ぽちん): いいかい学生さん。
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