写真と文

誰でも参加自由。メンバーが共同で作る WEB 同人誌

葉っぱくんと毛虫くん(創作短編小説)


毛虫くんみんな元気かい落ち葉訊く

遠野山人

 

毛虫は夏の季語、落ち葉は冬の季語ですが、この句の毛虫は特定の季節に限ったものではなくて、一般的な生き物として扱っているので、季重なり(一つの俳句の中に、二つ以上の季語を詠み込むこと)には当たらないのかな、と、、、(^_^;)
今回は創作短編小説です。よろしくお願いします。

 

 

葉っぱくんと毛虫くん

by 摩耶摩山猫

 

 森の奥の大きな木の足元に落ち葉が降り積もっています。ときおり鳥たちのさえずりが聞こえてきます。葉っぱを落として、はだかになった木々の枝のすき間から光が差し込んでいます。降り積もった落ち葉たちのなかに、ハート形の大きな穴が空いた一枚の落ち葉がありました。落ち葉が土に埋もれて長い眠りにつく前のこと、木の枝から栄養をもらい、大きな木の高いところでたくさんの陽射しを浴びていた葉っぱだったころ、その落ち葉には名前がありました。名前は葉っぱくんでした。
 ある日、初夏の暖かい陽射しを受け、気持ち良い風に吹かれていた葉っぱくんの体を誰かが揺らしました。
「やめてよ、くすぐったいよ。」
 いきなりでした。びっくりして最初、葉っぱくんは少し怒りました。
「モグモグモグ、ムシャムシャムシャ。モグモグモグ」
 葉っぱくんの背中を誰かがかじっているのです。あ、でも、なんだかくすぐったい。葉っぱくんは笑いだしました。
「ムシャムシャムシャ。モグモグモグ、ムシャムシャムシャ」
 そいつは、今度は葉っぱくんのお腹をかじり始めました。
「だめだめだめ。やめてったらぁ、くすぐったいったらぁ。」
「モグモグモグ、ムシャムシャムシャ」
 葉っぱくんはいやいやをするように大きく体を揺らしました。それでもそいつはかじるのをやめません。そいつは葉っぱくんのお腹をよじ登ってきました。
「あ、こいつ毛虫くんだ。」
 それは豆粒ほどの小さな毛虫でした。葉っぱくんの目と毛虫くんの目が会いました。毛虫くんはペロリと葉っぱくんをなめました。
「やめてったら、そこはぼくの顔だよ。顔だけは食べないでよぉ。」
 毛虫くんはにっこり笑って小さなゲップをすると、葉っぱくんから離れて木の枝を登っていきました。葉っぱくんにはゲップの声が「ごちそうさま」に聞こえました。
 それが葉っぱくんと毛虫くんの出会いでした。それから毎日毛虫くんはやってきて、葉っぱくんの体を思いっきりくすぐってから一口だけかじっていきました。一口かじってまたゲップをしました。まだまだ小さな毛虫くんが少しばかりかじっても、葉っぱくんの体には小さな小さな穴が開くだけで、葉っぱくんは少しも痛くありません。穴が空いても、全然気にはなりませんでした。
 それから毛虫くんはたくさんたくさん葉っぱくんをかじりました。葉っぱくんにはいくつも穴が空き、その穴はどんどん大きくなっていきました。やがて大きくなった穴と穴がつながって、ハート形の穴になりました。葉っぱくんはそのハートの形を友だちの葉っぱたちに見せて、少し自慢しました。
 そのあとも毛虫くんは葉っぱくんをかじってかじって、大きく成長していきました。葉っぱくんの体は毛虫くんの栄養になりました。葉っぱくんは木の枝や太陽からもらった栄養を毛虫くんにあげたのです。
 毛虫くんの体が大きくなるほど、お口も大きくなります。食欲もますます旺盛です。
「ムシャムシャムシャ。モグモグモグ、ムシャムシャムシャ」
 葉っぱくんに空いた穴がもっともっと大きくなっていきます。その大きな穴を見て、毛虫くんは食べるのを遠慮するようになりました。
「気にしないで、毛虫くん。どんどんぼくを食べていいよ。」
 葉っぱくんは毛虫くんに言いました。
「たくさん食べてくれたら、ぼくの自慢のハートがどんどん大きくなっていくから、それがうれしいんだ」
 毛虫くんは、またどんどん食べ始めました。
「モグモグモグ、ムシャムシャムシャ。モグモグモグ」
 葉っぱくんは、くすぐったくてくすぐったくて、大笑いです。
 やがて大きく育った毛虫くんは、葉っぱくんのすぐ横でサナギになりました。鳥たちがサナギになった毛虫くんを突っつこうと近寄ってきました。葉っぱくんは体をバタつかせ、大きな声を出して鳥たちを追い払いました。
 何日かして、サナギの背中が割れ、中からだれか出てきました。それは蝶でした。濡れた羽根を縮めたまま小さく震えています。毛虫くんは蝶に姿を変えたようです。
「早く乾かさないと、鳥たちに見つかってしまう。」
 葉っぱくんはパタパタと蝶に風を送りました。一生懸命に蝶をあおぎました。
 羽根が乾くと、蝶はそれをゆっくりと大きく開きます。瑠璃色に輝く羽根でした。毛虫くんは蝶になりました。瑠璃色の羽根を持った美しい蝶に。その羽根でひらりと羽ばたき、毛虫くんは飛びたちました。
 瑠璃色の蝶は葉っぱくんの真上を一回りすると、ゲップを一つして、空高く舞い上がりました。
 「ありがとう」って言ってくれたんだ、葉っぱくんは思いました。でも、それは「さよなら」だったかもしれません。瑠璃色の蝶はもう葉っぱを食べなくても飛んでいけるのです。葉っぱくんは穴だらけ、緑色だった体はすっかり茶色く、カサカサになってしまっていました。 
 ある日のこと、葉っぱくんは体がひゅうんと軽くなったのを感じました。風がひと吹きして、葉っぱくんは木の枝から離れて宙に舞い上がりました。
 あ、飛べた。空を飛ぶって、なんて爽やか。気分最高。葉っぱくんは大きな声で毛虫くんを呼びました。
「毛虫くん、見て見て、ぼくも空を飛んだよ。きみと一緒だよ。」
 蝶になってしまっても、葉っぱくんの心のなかでは、毛虫くんは毛虫くんのままでした。
「ねぇねぇ毛虫くん、ぼくも飛んでいくよ、お空に向かって飛んでいくよ。」
 でも、葉っぱくんはいつまでもどこまでも飛んでいくことはできませんでした。大きな木のてっぺんまで一度舞い上がったあと、やがて静かに落ちていきました。同じようにたくさんの葉っぱたちが枝から離れて舞い落ちていきました。
 葉っぱくんの体は森の奥の大きな木の足元の土の上に落ちました。葉っぱくんは落ち葉になったのです。土の上には落ち葉がたくさん。あとから落ちてきた葉っぱたちがその上に積み重なります。葉っぱくんはそれを少しも重いと感じません。
 枝から離れて飛び上がったとき、それはそれは気持ち良かった。こんなに心が軽くなったことはなかった。ひらひらと落ちてくる葉っぱたちは、みんな穏やかな顔をしていました。
 吹き過ぎる風が日ごとに冷たくなってきました。風に吹かれても、葉っぱくんはもう揺れることはありません。飛ぶこともありません。でも、ふかふかの土と落ちてきた葉っぱたちに包まれて、葉っぱくんの体はじんわりと温かです。
「ぼくは、このふかふかの土になっていくんだな。」
 葉っぱくんはそう思いました。この次眠ってしまったら、土になっていくんだな、そう思いました。あー、体がぽかぽかでふかふかでとっても気持ち良い。
 葉っぱくんは大きなあくびを一つしました。
 そしてとうとう、葉っぱくんは眠りに落ちました。毛虫くんにかじられている夢を見ました。かじられたときのくすぐったかったことを思い出しました。くるくると宙を舞いながら、毛虫くんと一緒に空を飛んでいく夢も見ました。夢の中で一緒に飛んでいるのは、毛虫のままの姿をした毛虫くんです。葉っぱくんはくすりと笑いました。
 木の枝には、もう一枚の葉っぱも残ってはいません。一匹の毛虫も見当たりません。あとしばらくすると、風はもっともっと冷たさを増して、白く小さなものをほろりほろりと舞い飛ばし始めるのです。(2988文字)

(了)

 

 

俳句ブログと俳句postをぼちぼちやっています。
ブログでは小説もたまにアップしています。今回は童話風な作品でしたが、ファンタジーがメインです。よろしければ👇のリンク先をお訪ねください🙏

山猫🐾はブログネーム、遠野山人は俳号です。摩耶摩山猫はペンネームです。

執筆者(山猫🐾、遠野山人、摩耶摩山猫)

ブログ;夏のタイムマシーン (創作短編小説) - 森の奥へ
SNS;     https://x.com/keystoneforest


よろしくお願いします。