残業をしなければ未だ日が落ちる前にいつも通うスーパーへ立ち寄ることが出来る。休日にでもそこへは足を運ぶことが可能なのに仕事終わり、かなりの確率でそのスーパーへ足を止めてしまう。
その日もなんのことはなく、車を停め、スーパーへ。
適当に自分のルーティンコーナーを徘徊していた時だ。
見た事あるような感じの人が商品を眺めて、それを選定していた。
こういった瞬間はユニークだ。
時間にして数分にも満たない。
むしろ数十秒程度のはずだ。
脳裏に表われる言葉は…
「あれ?同僚の○○さん…」
『気づかれてはいけない。』
「声かけたほうがイイ?」
『迂闊に声をかけるのは嫌がれるかな…』
「スーパーを使う領域、土地が自分と被ること、懸念材料になるか…」
『何話す?』
「買っている物、買い物カゴ、入れた商品が見えてしまうのは良くないかな?」
そもそも自分自身が買おうとしている商品が相手に知られることはベストなのか…
そんなことを頭の中でグルグルと繰り返す。
自然と歩幅、間合いを詰めながらも一気に頭の中を言葉達が速度早く駆け巡った。
相手との距離が2、3メートル程度まで近づいた時か(実際に相手はこちらには未だきづいていないのだからそこまで詰め寄ってはいなかったのか…後日談)
足を止め、方向転換し、同僚だろうその人に話かけるのを止めセルフレジへ急いだ。
なにごともなかったようにスーパー、駐車場を後にして自宅へ戻った。
「話しかけるべきだったか…」
無駄に、物思いにふける。
翌日、なんてことないタイミングでスーパーで見かけたかもしれない同僚に話かけられた。
「○○スーパーにいましたよね??」
驚いたが、とりあえずリアクションはスマートに済ませた。
返した言葉は何故か
『やっぱり○○さんでしたよね。声掛けようとしたけど、すぐそこまで近づいた結果やめておいたんです。』
とよくわからない言葉を並べた。
つくろった。
繰り返し相手から投じられた言葉は
「話しかけてくださいよ~」
だった。
スーパーの中で同僚に気づいたのは自分だけと思っていたが違ったようだ。
私が同僚に気づかれる前にセルフレジへ急ぎ精算を済ませ家に辿り着いたと思っていた流れは違ったようだ。
精算終わりの出口付近か、セルフレジの列への並びか、セルフレジで会計中か、駐車場での遠目か…私の顔は同僚に認識されていたようだ。
案外と状態、印象は悪くはないようで、話しかけたほうがよかったみたいだ。
次回はそうしようとココで初めて思うが、スーパーはパーソナルスペースと感じているのかスーパーで、出会い頭に雑談を始めるのはいかんせん気まずい心境を思う。
理由はわからない。
この日から
「次にスーパーで出くわした際のシュミレーションをはじめることと成る」
時と場所はタイミングでしかないのかもしれないが。
出会うかもしれないことに予想がついているのであれば構えるほかない。
この日から
スーパーにいる自分が、以前より少し緊張していることを理解できた。
嫌ではないが、何か言葉では表現しづらい面持ちだ。
この日から
その人に出逢うことを楽しみにしている自分もいるのか、それはなんだかよくわからない感情だ。
人は見られていないようで、存在は気づかれいている。
寄稿者:TaNuma
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