魚を食べるということ。
アジフライのような魚のフライを口にすると魚を食べている、摂取しているような気がしない。アジフライは好きだ。
エビフライもそうだが揚げられた魚を食べると魚を摂取している気がしない。エビフライも好きだ。
焼き魚、煮魚を食べようと思いついたところで気軽にそれらを食べれる環境が身近にはない。
近年では、コンビニのおにぎりの種類に鮭やサバを使用してくれている商品も増えてはきたが、それはおにぎりを食べているのであって魚を食べている気がしない。
簡単に言えば米、白米の量が多いので魚を食べているというよりは……と成る。
スーパーの寿司コーナーへ足を運ぶと1人前の寿司が丁度いい魚の種類で詰め合わせになってはいるが、シャリが多いんだ。文句はないが毎回、シャリの量で腹が膨らんでしまっている。
ある時から定期的に目を通すようになった【食べる投資 著:満尾 正】という本がある。そこには
「肉より魚を…月水金は魚を…鮭を、青魚を…」
と書かれている。勿論、納得の理由も明確に記載がある。
共鳴した私は時折この書籍を開き、摂取する食べ物を選ぶ時がある。魚はその中でも有力候補だ。
ただ、気づけば…寿司チェーン店のカウンター、タブレットを見つめ注文する寿司を選んではいるが、選んで食べてはいるが…
「それを好きで食べているのか?、食べたいから選んだのか?」
…と…ふと疑問として出た。
好きな書籍に影響され、食べる魚を選ぶ時に鮭を優先させているのは、青魚を必ず手に取るのは身体に効果があるからチョイスしているだけのような気になった。本当に美味しいと思って口にしているのか突然に思った日だ。
食事による効果、結果が直ぐ目に見えてわかるようなことはないだろうが、現状健康を維持できているのであれば選んでいる食生活は半ば間違っていないのかもしれない。
ありがたいことに某寿司チェーン店では、注文する際シャリの量を調節できる。【半分】を選択可能だ。これは非常に光栄だ。シャリでお腹を満たしたくはない私にとって目から鱗のオプション。
より魚を味わえる。そして、種類豊富で口に出来る。
わがままなのか、あくまでも好みの問題なのか、肉を食べる時は一種類でも通して可能な気がするが、不思議と魚を食べる際に一種類では辛い物がある。
いちいち悩まずに目の前の食事を
「美味しい。」
と楽しみたいものだが、もしかすると私は暇なだけかもしれない。
寄稿者:TaNuma
近況:デジカメ所有2年目、今年はNikonで被写体に迷う日々。
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